子どもたちの“人間力”アップが島の力を底上げする!~沖縄県久米島町・地域おこし協力隊の学習支援事業~
沖縄県の離島・久米島に移住し、地域おこし協力隊として中学生の学習支援スタッフを行う及部(およべ)はるきさん・えりさんご夫妻にお話を聞きました。また、後半では久米島町での教育にまつわる地域おこし協力隊事業を統括する小楠さんから、プロジェクト全体についてのお話も伺っています。
—自己紹介やこれまでのご経歴を簡単にお願いします。
及部はるきさん(以下 はるきさん):出身は愛知です。中学校の体育教師を務め、青年海外協力隊として南米・エクアドルで2年間従事。そこで妻とも出会い、帰国後に小学校教師を務めたあと、退職して久米島に来たという経歴です。
及部えりさん(以下 えりさん):私は、地元静岡で小学校教師として務めた後、同じく青年海外協力隊で子どもたちに算数の授業をしたり、教員向けに授業方法を教えたりもしました。そして帰国後に英語専科教員も経て、2人で相談の上で久米島に移住しました。
—地域おこし協力隊として久米島に移住するという決断に至った理由をお聞かせください。
はるきさん:帰国後「このまま、この仕事をしていていいのかな?」という感情も抱き、もともと沖縄へ移住したいという思いもあり、思い切って大きく環境を変えることにしました。
えりさん:相変わらず子どもが好きでしたし、教師という仕事にやりがいを感じ、キャリアアップも目指しているなかで教師を辞めるという選択肢は自分には無かったんです。
でも、人生は一度きり。教師の世界しか知らないからこそ、自分の知らない世界でチャレンジしてみよう、と夫に説得されて(笑)。教育から離れず、この地域おこし協力隊ならば新しい形で子どもたちの学習に携われるというのが魅力的でした。
—実際に久米島町に移住してみて気付いた魅力、大変だと感じたところはありますか?
及部はるきさん:なにも言うことがないくらい最高ですね。久米島の方々は、本当に家族のようにあたたかいんです。慣れない生活のなかで、助けていただいたこともたくさんありました。
及部えりさん:家の前での畑づくりを通して交流がうまれますね。日常のささいな出来事から、どんどんと繋がりがうまれていくんです。親族が一堂に会する、家族にとって大切なお盆の日をご一緒させてもらったこともあります。こんなにも人のあたたかさにふれることは、久米島町に移住するまでありませんでした。
島で暮らすうえで不便を感じることも、もちろんあります。でも、不便さえも楽しめる生活ができていますね。とはいえ、意外に利便性の高い部分もあって、Amazonも届くんですよ(笑)。
はるきさん:実際、離島なので沖縄本島への移動費などはどうしてもかかってしまいます。ですが、飲食店やスーパー、薬局などもちゃんとありますので、生活に大きな不便を感じたことは意外にもありません。
—地域おこし協力隊の具体的な業務内容を教えてください。
えりさん:学習支援スタッフとして、学校の一画に開設されている学習センター「まなびや」のコーディネーターとして勤務しています。コーディネーターは2校ある中学校に各2名ずつ配属され、基本的には月・火・水・木・金の週5日勤務。1日7時間の労働時間のうち、16時~18時が「まなびや」での仕事です。
週に1度集まってミーティングもしています。取り組みの共有や、新たな企画もしていますね。授業時間中は各学級の学習支援に入らせていただいていて、各々の生徒の様子や授業の進捗も見させていただいています。よりスムーズな個別指導・支援につなげていくためです。ちなみに、1クラスの平均生徒数は20名前後、全体では100名ほどの規模の中学校です。
久米島町は学習塾が多くないので、受験勉強や検定対策といった学習支援には大きな意義があります。かといって、「まなびや」を学習のためだけの場所にはしたくないんです。友達と遊んだり、中高生の子たちが自由に集えるコミュニティや、まなびやコーディネーターへの相談の場としても活用してもらっています。なかには、それが目当てで来てくれる子もいるんですよ。
今では子どもたちの提案から、映画上映会やクイズ大会といったイベントも月に1度企画しています。久米島町の伝統工芸品の職人さんをゲストでお呼びし、夏休みのモノづくり体験を実施したこともありますね。
いろいろな職業の方や、渡航経験のあるまなびやコーディネーターの体験談を伝えるイベントを通して、「こんな仕事もあるんだ」という気付きや久米島の良さの再発見につながったり、子どもたちの世界を広げるきっかけになれれば、と思っています。
「まなびや」が開設されて8年目ですが、学校の先生たちとの連携も深くなっています。先生から「この子はこの部分が理解できていなかったようなので、まなびやに行きますね」と言っていただいたり、「まなびやで勉強しておいでね」と生徒に声かけをしてくださったり……「まなびや」を通して、先生たちと協働しながら子どもたちに携われている、と感じますね。
—地域おこし協力隊での仕事において、教師としての経験が活かされていると感じた部分はありますか?
えりさん:何気ない会話から子どもの悩みを知り得て、先生との連携につながることもあります。学校の先生たちとは異なる存在だからこそできる会話もあるでしょうし、もしも教師の経験がなければ、子どものちょっとした変化にアンテナが立つこともなかっただろうな、と感じますね。
はるきさん:子どもたちに対しても「友達のような存在だけど、一線を引いた距離感を保たないといけない」という、経験者だからこそのバランス感覚が活かされていますね。
—地域おこし協力隊として活動するなかで、どんなところにやりがいを感じますか?
えりさん:教師として子どもと接していたときよりも、さらに近い立場から関わることができるという部分には、良い意味でギャップを感じています。
先ほどお話ししたように、私たちのような存在だからこそ子どもたちの悩み事を拾い上げることができ、先生たちとの情報共有につながることもあります。そういったときには、私たちにしかできないこともあるのかな、救うための手助けができたのかな、と思えますね。
そういう意味でも「まなびや」は本当に画期的で、多くの学校に必要な取り組みだと感じます。
はるきさん:「先生らしくあるべき」という縛りがなくなり、人と人として同じ目線での会話をしながら、自然体の関係を育むことができています。その結果、子どもたちにとっても「まなびや」が良い逃げ場、拠り所になっているのではないかと。そんなところにやりがいを感じますね。
また、島には移住者をあたたかく受け入れてくれる方々が本当に多いんです。取り組んだことが3倍にも4倍にもなって返ってくる。だから、大変なことも全部吹っ飛んじゃうんです。
—今後、どんな方に来ていただきたいとお考えですか?
はるきさん:大前提として「子どもが好き」ということに尽きますね。また、勉強を教えるという立場にもあるので、勉強や教えることが好きな方に来ていただきたいです。地域活性に向けてアクティブに動ける方ですと尚良いですね。
教師・教育業界での経験があれば知識を活かせる場面はもちろんありますが、必ずしも必要とは考えていないです。むしろ、他の職種での社会人経験があれば、よりいろいろな角度から子どもたちにアプローチできるのではないでしょうか。
わからないことがあったときに、「一緒に調べてみよう」「自分もできないから、一緒にやってみよう」と言えるような人が良いですね。
えりさん:たとえばちょっとの成長でも褒めることで、子どもの自己肯定感を高められるような方、「一緒に頑張っていこう」というスタンスの方が良いですよね。
—今後チャレンジしたいことや、将来の展望を教えてください。
えりさん:残りの任期で、ひとりでも多くの子どもたちに、達成感や夢につながるきっかけを与えられれば、と思っています。決して大きなことでなくても良いんです。「こんなことができるかもしれない」「次はこんなことをしてみたい」そんなふうに感じてもらえるような取り組みをしたいですね。
ーそれでは、小楠さんには同プロジェクト全体についてもお聞かせいただけますか?
小楠さん:久米島町地域おこし協力隊は「高校魅力化プロジェクト」の名のもと、及部さんご夫妻が務める学習支援スタッフ、加藤さんが務める町営塾スタッフ、離島留学生(久米島島外の中学校から久米島高校へ入学した生徒)の寮のハウスマスターという3つのセクションに分けられています。
私は昨年度ハウスマスターとして参画し、2023年度の夏よりプロジェクト全体を統括する「高校魅力化コーディネーター」も兼務しています。
ーそれぞれのセクションの関係性はどういったものなのですか?
小楠さん:和気あいあいと、楽しく働いています!ただ、普通に働いていると各セクションのメンバーが顔を合わせる時間はないため、意図的にメンバー間でコミュニケーションの場を増やすように心がけています。「どういう想いで参画しているのか」「魅力化という名のもと、どんなことができるのか」「与えられているタスク以外にできることはないか」など、忘れがちな初心の中に大切なことが含まれていると思っているので、思いを話す時間は大切にしています。
ー今後はどういった方を求めているのですか?
小楠さん:「離島暮らしをしたい」「沖縄の海に魅せられた」という沖縄の圧倒的な魅力である環境面の理由に加えて、子どもたちのために思い描いているものがある方に来ていただきたいと思います。
塾や学習支援の業務と聞くと教員免許が必要だと思われるかもしれませんが、及部さんのおっしゃる通りそこにはこだわりません。私も楽器奏者、プロフェッショナルライフコーチといった経歴から今の仕事をしており、他にも薬剤師、スポーツインストラクターなど世代もバックグラウンドも多様な方々が協力隊として活躍されています。いろいろな世界を見てきた親や先生以外の大人に囲まれて暮らすというのは、子どもたちにとって大きなメリットとなるのではないでしょうか。
「高校魅力化プロジェクト」は今年で10年目。当然ながら発足当初とはビジョンもミッションも変化しています。良いところは大切に守りながら、新しいことにもチャレンジしていきたいですし、私たち大人がチャレンジする姿を子どもたちにも見てほしいと思っています。「失敗はない」ということをプロジェクトメンバーと共に子どもたちにも伝えていきたい。そこに共感していただける方と一緒に働きたいと思っています。