目の前の1頭ではなく、畜産全体を守る仕事~自治体「獣医師」の業務とは?~
新潟県庁で獣医師として働く佐々木さんのインタビュー記事です。
一般的にイメージするような「動物のお医者さん」とは異なる働き方をする自治体の獣医師について、その業務内容や大変だと感じるところ、そして働くやりがいを教えていただきました!
ーまずは、簡単に自己紹介をお願いします。
佐々木:生まれも育ちも新潟県村上市で、高校を卒業後北里大学に進学し、獣医師の資格を取得しました。卒業後は、県内の産業動物診療施設で牛の治療に携わっていましたが、平成28年に新潟県庁に転職し、現在に至ります。
ー獣医師を志したのには何かきっかけがあったのでしょうか?
佐々木:将来のことを考え始めたのは高校生の時です。その時はふわっとではありますが「将来は人の役に立ちたい」という思いを持っていました。その時にたまたま友達の実家が牛を飼っていると聞いて、よくよく聞いていくと「獣医師」という仕事があることを知りました。実家の近くに農業高校があるのですが、幼いころ、よくその高校の牛を見に行っていた記憶なども蘇ってきて、家畜に興味を持つようになりました。
また、牛などの産業動物に係る獣医師は全国的に見てもあまり多くないという印象を持っていたので、人の役に立つならあまり人がやらないことをやりたいと思い、産業動物獣医師の道を選びました。
ー大学卒業後に務めていた産業動物診療施設では、具体的にどのようなお仕事をされていたのですか?
佐々木:県内の産業動物診療施設で、主に牛の治療を行っていました。農家さんから連絡を受け、牛の病気や怪我の治療に奔走する日々でしたね。牛は連れて来ることができないので、基本的には自らが農場まで行って治療を行っていました。
直接命を救えることに、大きなやりがいを感じていましたが、その分急患対応ということもあり、大変な仕事でもありました。
ー転職を志したのには、何かきっかけがあったのでしょうか?
佐々木:結婚して、妻もいて、子どももできたことで、仕事と家庭の両立を考え始めたんです。産業動物診療施設での仕事は、急患も多く、長距離の移動も伴うため、将来への不安を少なからず感じていました。
急患のことや、自分が対応する必要があるということを考えると、休みの日であったとしても長距離の移動はなかなかできないなど、生活の中にも制限が多かったですね。
ー転職先として、県庁を選択した理由を教えてください。
佐々木:勤めていた診療施設の先生にも相談をし、これまで家畜に携わってきたキャリアを活かしたいと考え、県の農林水産部への就職を決めました。
ー現在は獣医師としてどのような業務をされているのでしょうか?
佐々木:獣医師というと、ペットの診療を行う小動物獣医師をイメージする方が多いと思いますが、私は産業動物獣医師として、畜産の振興を目的とした仕事をしています。
家畜保健衛生所という施設がどこの都道府県にも設置されているのですが、私も最初はそこに勤めていました。家畜の病気予防や、発生時のまん延防止等といった業務を行っている場所です。
現在は県庁の畜産課に勤めているため、家畜保健衛生所の予算や運営管理が主な業務となります。その他にも動物用の薬品販売や動物病院の開設に関する業務、獣医学生向けにインターンや業務内容の紹介をするといった人材確保も担っています。
ー畜産の振興というと、具体的にどのような業務になるのですか?
佐々木:家畜の健康を守ることを通して、安全安心な畜産物を生産し、畜産の振興を図ることを目的としています。
具体的には家畜の採血や検査、死んだ家畜の解剖、病気の発生状況の把握、関係機関との連携など、多岐にわたります。また、鳥インフルエンザ等の重大な家畜伝染病が発生した際には、まん延防止のための対応を行います。その他にも、安全な畜産物を生産するために食中毒菌の検査を行ったり、生産性を向上させるために農場さんと一緒に病気の発生予防対策を考えたりといった業務も行っています。
消費者の皆さんに安全な畜産物を安定的に供給するためには欠かせない取り組みです。
ー大変だと思うことや、やりがいを感じるのはどんな時ですか?
佐々木:獣医師を目指す学生さんの多くは、獣医師を目指すからには、家畜を含め目の前の動物を治したいと思いますよね?行政的な業務よりも臨床的な業務をやりたいと思うのではないでしょうか。私もそうでした。
自治体の獣医師は、行政的な業務が主となるのですが、これは大学の6年間ではあまり習わないことです。例えば伝染性の強い病気が発生してしまうとそれ以上広げないために「処分」という方法がとられます。あまり知られていないかもしれませんが、処分の際中心となっているのは我々のような獣医師です。
本来動物を治すために獣医師になったはずが、処分する立場になる、これはとても大変なことだと思っています。ただ、家畜の数を考えると全て治療するということは不可能で、畜産全体の利益を考えるとどうしても「処分」という選択肢を取らざるを得ない状況になることがあります。こればかりはずっとやっていてもとてもつらいことではありますが、誰かがやらないといけない大切な仕事です。
目の前の牛1頭が治るということにやりがいを感じていた臨床獣医師の頃と比べると、現在の行政の仕事はとても地味な業務ではあります。ただ、他部署や関係機関、そして獣医師の仲間たちと協力しながら業務にあたることで、以前と比べると余裕を持って畜産全体を見ながら、より大きな視点で仕事ができるようになったと感じています。
以前と形は違いますが、県内の家畜を守ることにつながっている、畜産農家の為になっているというのが、今の仕事のやりがいだと思っています。
ーこれまでで印象に残っている仕事はありますか?
佐々木:鳥インフルエンザや豚熱など、緊急性の高い病気の発生時には、国の方針を踏まえ、行政として迅速に対応する必要があります。動物の命を奪うという辛い現実もあるため、毎回印象に残りますし、できることならやりたくないです。だからこそ予防が大切だと強く実感することができます。新潟県は令和4年と平成28年に鳥インフルエンザ、令和6年に鳥インフルエンザと豚熱の発生があったのですが、平成28年は私が入庁したタイミングでもあり、その時は主に現場で対応をしていたということもあり、とても印象に残っています。
ー新潟県庁で働くことの魅力は、どんなところですか?
佐々木:県庁と聞くと堅いイメージがあるかもしれませんが、新潟県庁はとても風通しの良い職場環境です。良い意味で上下関係があまりなく、思ったことや考え方を聞いてもらえますし、そこから行動に移させてくれるところも魅力です。正直、公務員は法律に書いてあることしかできないという印象を持っていましたが、実際は農家のために考えたことを色々と実行に移すことができるんです。
獣医師同士、先輩後輩と様々な話ができるのも良いところです。県庁には、私を含め4名の獣医師がいます。家畜保健衛生所は、中央、下越、中越、上越、佐渡にあり、それぞれ3名から20名くらいの獣医師が働いています。
ー最後に、獣医師を目指す求職者に向けてメッセージをお願いします。
佐々木:自治体の獣医師は実際に動物の治療をするわけではないため、事務が多くやりがいが少ないと感じるかもしれませんが、実際は現場に出ていくことも多く、臨床獣医師と互いに協力することで予防業務にあたっています。
また、獣医師としての知識に加え行政的、法律的な知識が必要となるため、学校で習ったこと以上の経験ができるほか、様々な人と協力しながら働くことができる場所です。
獣医師としての知識を活かして、地域に貢献したいという方は、自治体で働くという選択肢も考えてみていただきたいと思います!
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。