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官公庁ブログ

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官公庁・自治体の採用プラットフォーム「パブリックコネクト」に掲載されているブログ記事や動画です。
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2024年1月の記事一覧

地元貢献の思いを胸に庄内町へUターンを決意〜金融系キャリアからの転向のきっかけとは〜

民間企業からUターン転職され、庄内町役場で働く山科さんにお話をお伺いしました。 ー自己紹介をお願いします。 山科:庄内町出身で、大学卒業後は金融系の企業にて6年間勤めました。最初の2年半は鶴岡市内にある支店に、その後は転勤で山形市内の支店におりました。 庄内町役場には令和2年4月に入庁し、現在は税務町⺠課資産税係に在籍しています。 ー大学在学時は、公務員ではなく民間企業を希望されていたと伺いました。 山科:入学当初は公務員を検討していたのですが、就活を考え始めた時期

山の工事、町の工事、様々な現場経験を積むよろこび〜静岡県森町役場の土木職の働き方とは?~

静岡県森町役場の建設課で土木職として働く柴本さんに、これまでの経歴や役場での仕事と職場環境についてお話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください。 柴本:私は森町で生まれ、小中学校はそのまま森町で過ごし、隣町の高校に進学しました。その後福島県の大学で土木に関して学び、新卒で森町役場に入庁。今年で5年目になります。 —大学で一度故郷を離れたようですが、なぜUターンして森町役場を志望されたのですか? 柴本:公務員試験だけではなく、民間企業のゼネコンや建築会社の現場

住民が主役、職員は宝〜世界から注目される高野山、高野町の官民一体の街づくりとは〜

2014年に和歌山県高野町の町長に選出され、2023年現在3期目に入っている平野 嘉也町長に、現在高野町で注力している施策と今後の事業計画、求める人材などのお話を伺いました。 —町長になる前は薬剤師をされていたんですよね? 平野:もともと高野町の職員で、高野山病院(現:高野山総合診療所)の薬剤師として勤務していました。そこから2014年に高野町長選挙に出て、現在3期目です。 出馬のきっかけは、お大師さん(※編集部注:弘法大師 空海)のお告げですかね(笑)。観光の面や教育

町全体で子どもの未来をつくる〜学びの交流拠点整備事業とは~

和歌山県高野町役場の独自事業「学びの交流拠点整備事業」に関して、高野町教育委員会の松谷さんにお話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください 松谷:現在は、高野町教育委員会交流拠点推進室の係長をしています。高野山大学を卒業後、大阪のスポーツクラブに就職をし、約6年間勤めました。その後、高野町役場の社会人枠で平成21年に採用され、約10年間総務課、「学びの交流拠点事業」が始まるにあたり教育委員会へ異動した、という経緯です。 —最初の配属ではどのようなことをされていた

地元を離れ、保育士へ!若手二人が南富良野町を選んだ理由〜住んでみて感じた働きやすさと暮らしやすさ〜

南富良野町で保育士として活躍する小林さんと小山内さんにお話をお伺いしました。 ーお二人の自己紹介をお願いします。 小林:地元は札幌市です。保育系の短期大学へ進学後、就活の時期に南富良野町に公務員の保育士枠があることを知って、試験を受けてみることにしました。落ちた場合は地元で就職しようと思っていたのですが、無事合格することができ、南富良野町へ移住しました。 小山内:地元は函館市で、たまたまですが小林と同じ短期大学です。私たちの学科には幼稚園教諭と、保育士資格、さらに小学校

奄美大島 地元宇検村で働く技術職のしごととくらし

民間の測量設計事務所から奄美大島へUターンし、地元の鹿児島県宇検村役場に転職し、現在は建設課の課長補佐として働く峯 宏治(みね こうじ)さんに、お話を伺いました。 —まず、宇検村に入庁するまでのご経歴をお願いします。 峯:はい。私はもともと地元が宇検村で、隣の奄美市にある工業高校を卒業後、関東の測量設計事務所で働いていました。一度は奄美から本土に出てみたいという気持ちもあり、高校の先輩が2人ほど就職していた縁もあって、入社しました。そこで3年ほど現場で測量の仕事を経験し、

豪雨災害による人口急減からの復旧と復興~熊本県球磨郡球磨村の取組み~

熊本県球磨郡の球磨村役場で働く岩本 紘⼀(いわもと こういち)さんに、これまでの経歴や仕事、職場環境についてお話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください。 岩本:出身は球磨村で、入庁したのは平成11年になります。入庁後は税務課の地籍調査係という、現場へ赴く特殊な業務を担当していました。その後、農業関係の部署や教育委員会部局、福祉関係、総務を3年ほど経験し、現在は人事担当です。 —球磨村の特徴などについて教えてください。 岩本:球磨村は九州の熊本県南部にありま

100年先を見据える仕事〜建築技師としてまちの未来をつくる~

岩手県住田町役場の建築課で建築技師として働く田畑 耕太郎さんに、これまでの経歴や役場での仕事と職場環境についてお話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください。 田畑:高校卒業までは秋田におり、進学を機に東京で7年ほど暮らしていました。その後、ご縁が重なり住田町役場に入庁したのですが、当時は建築士の資格を保有していなかったので、事務職として採用されました。入庁2年目で建築士の資格を取得し、そこから技術職として働くこととなりました。 —なぜ、住田町役場に応募されたの

「新しい保健師さんが来てくれた」町民と役場の距離の近さが魅力~静岡県川根本町が新たな保健師に求めること~

静岡県川根本町役場で保健師として働く馬場さんと榊原さんに、川根本町でのお仕事や、求める人材についてお話を伺いました。 —お二人のこれまでのご経歴を教えてください。 馬場:関西の保健師学校を卒業した後、病院の看護師として就職しました。その後、異動という形で保健福祉センターの保健師として10年間働いていたのですが、結婚して家族もできたタイミングで、生まれ育った川根本町に戻りたいと思いまして。川根本町役場に平成26年から保健師として働き始めました。 榊原:私はもともと川根本町

引く手あまたなのは能動的に働ける人材!~「まさか自分が公務員になるとは」奈良県王寺町 異色の総務課人事~

奈良県王寺町役場の総務課人事係で働く桝井 保宏さんに、王寺町の魅力や役場が求める人材について、お話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください。 桝井:公務員として王寺町役場に勤務して10年になります。大学を中退してアルバイトをしていた時、奈良県庁のスポーツ振興組合スポーツ振興課で嘱託職員として1年間働き、平成25年12月に王寺町役場に入庁しました。 最初に配属されたのは教育委員会の生涯学習課社会体育係で、スポーツ関係の業務に携わり、そこから地域整備部都市計画課、

看護師やIT企業を経て辿り着いた行政保健師〜座間市初の男性保健師としての仕事〜

2023年4月から神奈川県座間市の健康部健康医療課で働いている、向井 翔太(むかい しょうた)さんにお話を伺いました。 —お名前と部署名、簡単なご経歴を教えてください。 向井:健康部健康医療課保健予防係の保健師をしております、向井翔太です。大学卒業後、横浜市の病院で整形外科と脳神経外科、神経内科の病棟看護師として4年程働きました。 在学中の保健師資格取得過程で、病気にならないための健康保持増進や疾病の予防に興味を持ちました。しかし、病気の方の治療や気持ちに対する知識がな

土木職としてのやりがいを求めて民間から自治体へUターン!~地元・大阪府藤井寺市で働く意義~

大阪府藤井寺市役所の都市整備部下水道工務課で働く、藤田 順康(ふじた のぶやす)さんにお話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください。 藤田:大学卒業後は長野県にある建設コンサルタント会社に就職しました。測量や地質学といった学問が専門でしたから、その知識を活かして専門職として働きたかったからです。入社後は測量に携わり、次第に業務の幅が広がって土木設計も担当し、道路工事や工事に伴う構造物の図面を作成するなど、道路関係の業務に携わっていました。 建設コンサルタント会

雄大な景色に魅了されて北海道中富良野町へ移住、水道技術職として活躍する職員の仕事と暮らし

民間企業から北海道中富良野町に移住し、中富良野町役場の水道技術職に転職された職員の波多野さんにお話を伺いました。 ーこれまでの経歴を簡単に教えてください。 波多野:地元である北海道室蘭市の工業系の大学を卒業後、水道・下水道関係の民間会社に就職し、13年間勤務しました。その会社は各自治体の水道や下水道施設の管理を請け負う会社でありまして、3回の転勤を経験しながら様々な施設を管理してきました。 そこでの経験を活かせる水道技術職が中富良野町役場で募集されていることを知り、応募

最高のやりがいとワークライフバランスの中で「市民の喜びをデザインする」〜大阪府藤井寺市役所の建築技術職とは?~

藤井寺市役所の資産活用課で働く川口 涼さんに、これまでの経歴や仕事と職場環境についてお話を伺いました。 —これまでのご経歴を教えてください。 川口:私はもともと藤井寺市出身です。大学では建築を専攻し、その後藤井寺市から離れ、兵庫県のハウスメーカーの営業職に就職しました。 建築学科では、建物の構造や材料等の様々な専門的なことを学びましたが、最初は自分の性格的に建築の知識を生かしつつ人とのコミュニケーションがとれる仕事の方が向いていると考えていたので、住宅営業という仕事を選